前回の続きになりますが、まず寄附行為とは、反対給付を伴わないのが前提になっていることを頭に入れてください。
つまり、「これをあげるから、何々をして下さい」は、取引であり寄附行為ではないということなのです。アメリカの資産家は慈善事業に熱心なのは間違いありませんが、熱心の理由の一つは節税であるのです。それは、日本と違い全額寄付金控除があるということです。
今回取り上げるのは、国際金融銀行のシティグループの元CEOのウエイル氏の妻から、ニューヨーク州にある大学に20百万ドルの寄附を行いたいと申し出があったという記事です。ただし、寄附の前提として、学校の名前の前に自分の名前を入れてくれと変更条件を付けてきたのです。つまり命名権を要求してきたのです。
この大学はニューヨーク州の人里離れた山間地帯にあり、林業やホスピタリティーに特化していますが、規模が大きくなく資金繰りも豊かではありませんでした。ウエイル氏の妻はこの大学の理事を長年務めてきており、彼女は過去にも何度も寄附を行い、もし彼女の名前が学校の名前になるのであれば今後寄附も集まりやすくなるだろうということで、学長も密かに同意し、その大学名を変更することをついに卒業生に発表したのです。
ところが卒業生から大反対され、結果として訴訟問題にまで発展しました。そもそもこの大学は、カナダとアメリカの国境近くの起伏の多い場所に位置し、1850年代にロッジを開き、アメリカ大統領やカナダ首相らがゲストとして滞在したこともある名門校でもあります。
この大学は1940年代にスミス家が大学のために土地を寄附したことから始まったことに由来しますが、このような伝統を背景に、卒業生が寄附との交換条件として名前を変更することに激怒したというのです。多くの卒業生は、「寄附の代わりに大学名を変更するのはおかしい」、「寄附の代償を求めるというのはおかしい」と述べているのです。
この反対運動はSNSから炎上し、特にウエイル氏夫妻はアメリカでは有名なこともあり、全国規模で議論が過熱していきました。ある学者によれば、寄附の代わりに大学名の変更を行うというのは超富裕層の間でも聞いたことがなく、新しいトレンドであると言っているほどです。アメリカでは、最近、匿名での寄附というのはほとんどなく、彼らの名前なしでの寄附に満足しなくなってきているのが現状のようなのです。
最近多くの大学、慈善団体、公共施設では命名権を一つの資産と考えているようです。しかし、このようなことが大学などの学校に起こると、野球場やスポーツスタジアムのように大学名がコロコロ変わるのが心配だとしています。
日本は文部科学省の手厚い保護の下に財政破綻の問題は学校では起きませんが、財政難の今、学校の補助金をアメリカ並に減らして、甲子園常連校やサッカー、ラグビーなどに勤しんでいる学校に有名企業の名を冠した校名が付くというのも一つの考えではないでしょうか。
元に戻ってポール・スミスズ・カレッジの騒動ですが、ニューヨーク州の裁判所により、校名変更は大学を創立した際のスミス氏のオリジナルの遺書及び寄附にある条件に抵触するとの判決が出ました。
大学は卒業生からの益々大きくなる反対運動に直面し、長い裁判になることを恐れ、控訴を断念したわけです。結果、大学名の変更は出来なくなり、ウエイル氏夫妻も20百万ドルの寄附を取りやめてしまいました。この裁判はアメリカにおける資本主義の慈善活動の有様が浮き彫りになるようなケースだったようです。
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