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議論をする欧米人と議論をしない日本人

日本人は多くの場合、議論をすることはありません。議論が嫌いなのではなく、議論というものを知らないようです。その昔、長らく住んだアメリカから日本に帰国した私は、自分の意見を言うたびに拒絶された記憶があります。日本人にとって議論とは、粗探しだと思っているようです。

 

日本では和を重んじるあまり議論は極力嫌われますが、アメリカやヨーロッパでは議論はよく行われます。その違いは歴史に裏づけされた国民性と、学校教育の方針によるものからきています。欧米人は、カフェで何時間も友人と話し合ったり、熱く語ったりします。

 

何かテーマがあれば、まず自分が感じていることを伝えることが議論のスタートになります。です。そして次に来るのが、相手をどう説得するかです。そして最後に、相手がどう思っているかを考えて議論を進めていきます。そのような中で、データを出したり、反対意見を言ったりしながら反論していくのです。

 

例えば、私が大学生の時、大学の議論で白熱すると授業時間が終わっても廊下やカフェなどで続くのを良く見かけました。場合によっては、一緒にご飯を食べながら納得するまで議論するという流れになることもありました。ところが、欧米人には議論に後腐れというのが一切ありません。

 

それは、もともと意見が違うのは当然で、自分が説得させられない限りは自分が正しいと考えている人が多いため、意見が真っ向からプロとコンでぶつかっても平然としています。お互いにそれは一理あるけど自分が正しいと思っているから後腐れがないわけです。

 

一方、日本人は空気を読みすぎて仕事ができなくなるほど議論をすることはありません。和を以って貴しとなす、というのは日本人の美徳でもありますが、世界的に議論文化とは対極の位置にあります。言わなくても空気を読んで意思疎通を図るのが当然なので、自然と議論とは離れていきます。

 

結局、それがイエスマンに成り下がり、面倒なことには目をつむることになりがちです。だからあえて自分の意見を言って面倒なことになるよりは、皆に合わせておけば間違いない、という考えになるわけです。その反面、人に合わせない人がいると、黙ってれば丸く収まるのに、とまるで邪魔者扱いされることがあります。だから大勢の日本人は議論が苦手で、議論する方法を知らないままです。

 

そもそも欧米諸国と日本では、出発点から大きく違います。人と意見が違って当然と考える欧米人と、人と合わせるのが当然と考える日本人では、結果として日本では人と合わすことを学び、欧米諸国では人と話し合うことを学びます。つまり、集団主義と個人主義の違いです。

 

一概にどちらが良い悪いではないですが、日本人はさすがに少しは議論できるようになるべきだと思います。せめてまず議論を議論として受け入れる態度が必要です。人と意見が違うのが当然と考えている欧米諸国では、論して解決するという方向しかありません。

 

例えば、欧米諸国では大学の政治の授業では模範解答を求めるよりも、論争することに重きを置いています。民主主義では違う意見を共存させていくシステムです。クラスの大多数が同一意見のときには、論争の原則を徹底させるために、先生がわざと反対意見(ディベート)を投げかけることもあります。

 

基本的にこれが欧米人のやり方ですが、自己主張が前提にあり、議論が前提としてあります。日本と違い、むしろ全員が同調することに危機感を持っています。特に、欧米諸国の中でもドイツは国民の熱狂的支持によって暴走したナチス時代の負の遺産のために、皆がイエスと答えるのなら民主主義ではなくなっている、と考えられています。

 

一方、日本では議論ではあまり解決しません。なぜなら、意見をぶつけられることに慣れていないからです。自分の意見を言わずに耐え忍ぶことが美徳であり、周りの和を乱さないことが優先事項となります。それは学校教育でも同じで、皆の意見に反対する人は悪者になります。

 

私は、日本的な日本人と一緒に仕事をすると、必ずと言っていいほど進めていたプロジェクトは空中分解してきました。その人が悪いという話ではなく、私が自分の意見を言った分、自分も意見を言って腹割って話そう、という発想にはならないからだと思います。

 

日本人は、反論は相手の機嫌を損ねる行為であり、みんなの和を乱す、と思っているからこそ議論が嫌いになるのではないでしょうか。空気を読んで他人に合わせることが大切なタイミングもあるかもしれませんが、そのタイミングを見誤ることに甘えているように感じるのです。

 

さて、そのようなイエスマンはもうその人材は現代社会には必要のない時代に突入してるように感じます。違う発想をしなければその人材はもう必要ないことになりそうです。それこそ単純作業を文句も言わずに淡々とやってくれるロボットや人工知能(AI)で良いわけです。

 

反論されたら気分が悪くなる日本人ですが、空気を読んでばかりいても何も進んではいません。私は、自分の意見を言えない人間は存在価値がないと思ってしまいます。なぜなら、何もその人でなくても良いからです。その人がいても何も変わることはありません。

 

反論されたくないなら意見を言わないのが一番利口だと思った瞬間、無意識にそうやって自分を見失っていくことになります。そして結局、議論を拒絶してしまうのです。議論というのは批判をすることでもなく、文句を言うことでもありません。お互い見えていないことを指摘しあって理解を深めるのが議論というものです。

 

日本でもグローバル化が進む中、さすがに日本でも欧米諸国の教育を進めていかないと、社会的に必要とされないイエスマンが量産されているだけになるかもしれません。

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