まだ今年の3分の1を残した時点での推計なので細かい変動はあるかもしれませんが、アメリカの確定給付型ではない個人年金収入の前年度比実績は、マイナス14.8%という暴落となりそうです。
アメリカは世界中の先進諸国の金融市場の中で、唯一と言えるほど2008年のリーマンショックからの回復が目覚ましく、2009年春以降は主要株式指数も毎年のように新高値を付けていました。なぜ、そのアメリカで、実際に受け取れる年金収入は運用している金融資産のパフォーマンス次第である確定拠出型年金がここまで深刻にやられているのでしょう。
まず、はっきりさせておかねばならないことがあります。それは、「401K」といういかにも中途半端な細則のそのまた付け足しを思わせる通称からもわかるように、確定拠出型年金が、個人年金の本道となるだろうなどということは、1978年に規則に「内国歳入法401条(K)項」に追加された時点では、だれひとり夢にも見ていなかったという事実です。
この規則が盛りこまれた最大の理由は、主として金融機関の高給取りたちによる傲慢な要求でした。「毎年年俸の3~6%を細々と積み立てて、雇い主も同額を負担し、それに見合ったささやかな給付を退職後受け続けるという、そんなみみっちい制度に付き合っていられない。自分で運用すればずっと豊かな老後資金を蓄積する自信があるから、そうさせてほしい。そのためには、こっちが年俸の7~8%を出して、雇い主からの貢献は2~3%でもいい」という提案です。
アメリカ中の経営者が、この労働コストをかなり大幅に削減できる提案にすぐさま飛びついたわけではありませんでした。しかし、1980年代以降、ドイツや日本、次いで韓国、台湾、中国などの経済成長で経営危機に陥る製造業大手企業が続出した頃から、アメリカの経営者は、この労働コスト削減策を「自分の力で、確定給付型よりずっと豊かな老後資金を築けるすばらしい方法だ」とごまかして大宣伝に努めるようになったようです。
もちろん、運用機会が増え、運用の自由度も広がる金融業界や投資信託業界ももろ手を挙げて賛成しました。こうして、あくまでも高給取りが自己責任でやればいいだけのことだった確定拠出型年金が、いつのまにかアメリカにおける勤労者個人年金の主流となってしまったのです。
具体的な数字を出すと、1984年には700万人の加入者で総額920億ドルを運用しているだけだった確定拠出額個人年金は、20年後の2004年には4400万人以上の加入者から集めた2兆2000億ドルを運用する資産運用業界の巨大勢力にのし上がってきました。
この点については、アメリカの中流以下の階層、とくに白人家庭に生まれ育ちながら、すさみきった大都市圏の公立小中学校にしか行けなかったプアホワイトのあいだには、足し算、引き算はなんとかできる、掛け算はたまに正解を出せるが、割り算となるとお手上げというほど愚鈍に飼いならされてしまったのに、自己評価は異常に高い連中が多いことも影響しています。さすがに自分で株の売買はできないにしても、効率よく安全確実に資産を増やしてくれる投資顧問会社や投資信託を探す程度のことならチョロイもんだと思いこんでいるのです。
ところが、大手証券会社の間で、運用能力の差などありません。結果的に運が良かったか、運が悪かったかで実績が決まってしまう世界になっているのです。さらに、過去の実績で運用効率が高いと世間一般で定評ができるころには、運の良さは往々にして尽きかけています。
また、運用する資産が大きくなればなるほど、一流企業と定評のある企業の流動性の高い株しか売買できなくなります。必然的に、優等生の書いた模範解答のような金太郎あめ型の運用しかできず、そうなると勝ったときの儲けは小さいですが、負けたときの損は大きくなります。
その成果は当然、すばしこい金融業界の高給取りの中には、401Kの運用でも手腕を発揮してボロ儲けした連中もいたでしょう。しかし、平均値としては惨憺たるものでした。2016年の実績が大激減の見込みだということだけではなく、2008年以降、プラス9.1%だった2013年を唯一の例外として、毎年運用実績は下がり続けていたのです。
このうち、最初の2008年はリーマンショックのまっただ中ということで情状酌量の余地があるでしょうが、2010年以降は金融市場全体として順調な回復が続いていた中で、確定拠出型年金による平均収入はとめどなく下落しています。ここには、大口資金の運用はどうしてもパフォーマンスが悪くなるという、金融業界の人間なら誰でも知っている、絶対に外部には洩らさない資産運用の鉄則も影響しているようです。
もうひとつ見逃せないのは、確定拠出型と言っても、毎年の賃金給与の中から、年金運用に振り向けることができる資金量が、アメリカ勤労者全体にとって確実に低下しているはずだということです。そのへんで非常に大きな要因となっているのが、2001年以来アメリカ政府が費やしてきた異常なほど莫大なアフガン・イラク戦争のための戦費です。戦費は、基本的に産軍官政複合体の利権集団以外には、ほとんど何ひとつ経済的効用をもたらしません。
その戦費が2001年~2016年度ですでに遣っている分だけで3兆6890億ドル(約376兆円)、2053年度までの累計でさらに1兆1030億ドル増えて、合わせて4兆7920億ドル(約489兆円)に達しています。利権集団に関与している大金持ちの所得や資産は増えますが、中流の下以下の階層の人たちの所得が減り、拠出できる年金掛け金がじりじり目減りするのも当たり前です。
本家のアメリカでこれだけ惨めな運用実績であるにもかかわらず、貯蓄から投資へなどと呼号して、日本の勤労者の未来を売り渡すように扇動している日本政府と日銀、そして大手マスコミの罪は非常に重いと言えるでしょう。金融機関にとっては、自分たちの儲け口が増えるから、日本の勤労者の未来など知ったことではないのでしょう。
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