10月末にFBIコミー長官がアメリカ連邦議会に送った「ヒラリー・クリントンに関する捜査再開」の書簡は、11月6日日曜日の「結局のところ、刑事訴追はしないという7月の結論を維持する」という声明で、あっさりと終わってしまいました。大手メディアによる世論調査でさえ接近戦を予測していたのがウソのように、クリントン楽勝ムードが復活し、株価は上がり、円が下がるという状況になっています。
冷静にふり返ってみれば、ヒラリー・クリントン捜査再開の書簡発表時点から、悪いニュースを早めに出しておいて、もうこれから先はどんなニュースも投票行動に影響を与えないというギリギリの時点で、「捜査再開なし」という見出しが世界中のメディアを駆け巡るというシナリオだったのでしょう。この茶番劇によって、もともと限りなく黒に近い灰色だったものが、まるで白に変わったかのように見えるという心理操作です。
これで一時は絶望的だったヒラリー当選の可能性は、かなり高まったかもしれません。しかし、こういうドタバタ騒ぎとは無縁に、世界各国の中央銀行、特にアメリカ連邦準備制度(FED)への信頼感が極限まで低下し、金融市場の崩壊が静かに始まったという状況には、何の変化もないでしょう。
むしろ、もしトランプが大統領になれば、破れかぶれになり、通常の民間企業同様にFEDにも外部の人間による監査を導入するといった荒療治に踏み切る可能性があったようです。その可能性が低まった分だけ世界金融市場の崩壊はより加速を早めるかもしれません。
つまり、FEDの権威がいかに失墜したかを如実に示すのが、ニューヨーク市場で特にSP500銘柄の中です。普通の株式市場であれば、プロの機関投資家がカラ売りを集中させる銘柄は、どちらかと言えばSP500全体より悪いパフォーマンスをするものです。
ところが、量的緩和という名の中央銀行による金融市場への現金ばら撒きが世界中で常態化した過去数年の株式市場では、カラ売り集中銘柄はほぼ一貫してSP500全体より良いパフォーマンスをしていました。FEDによって潤沢な資金を得た大手金融機関が、ヘッジファンドのカラ売りが集中している銘柄を買い上がって、売り方に踏み上げ買いを迫るという投資手法が連戦連勝だったのです。おかげで、ショート主体の名だたるヘッジファンドが次々に運用残高を減らし、解散してしまいました。
今年の夏から秋にかけても例外はなく、2016年第3四半期(7~9月)と言うと、SP500は方向感のとぼしいレンジ内の動きでしたが、カラ売り集中銘柄は6月末から8月半ばの1ヵ月半で約18%も上昇し、その後はだれたものの9月末段階でも6月末比では15%強のプラスを確保していました。
ところが、9月末から11月2日までの1ヵ月強で、カラ売り集中銘柄は直前の四半期での上昇幅を全部吐き出してしまっています。11月2日現在でも6月末に比べれば0.74%だけ上昇していますが、これは4ヵ月強の累計としては無視できるほど小幅な上昇にとどまっています。
何が起きていたかと言うと、「FEDが資金をいくらでも供給してくれるのだから、カラ売り筋に踏み上げ買いを迫るという投資手法を続けていれば必ず勝つ」という市場参加者のFEDに対する信頼感が、消え失せてしまったのです。
しかも、このFEDの権威失墜が派手に露呈したのは10月に入ってからですが、8月15日以降は踏み上げ買い戦略が何度か成功しかけては、その後の下げがきつくてうまく行かず、とうとう買い方が諦めて戦線離脱者が続出し、急落に転じたのが10月以降だったことがわかっています。
8月半ばにアメリカの金融市場を揺るがすような大ニュースがあったのかを思い出そうとしても、あまり浮かんできませんが、むしろ、6月末のイギリスのEU離脱をめぐる国民投票の結果が直前予想に反して賛成多数となったことに由来するショックから立ち直って、平常どおり営業中という感じでした。だからこそ、この時点で「FEDがバックについているかぎり、カラ売り筋に踏み上げ買いを迫る投資手法は何度やっても必ず勝つ」という信頼感が消え失せてしまったことの意味は大きいようです。
11月7日のアメリカ株式市場は「ヒラリー・クリントン訴追回避」を歓迎して大幅上昇の市況となっています。しかし、連戦連勝だったカラ売り筋に踏み上げ買いを迫る投資手法が、逆に必敗の戦略となったのはまちがいありません。もし、11月8日の投票でヒラリー勝利となってさらに大幅高となったとしても、中央銀行がすでに金融市場の信頼を失っているという背景を考えれば、このつかの間の急騰はやがてやってくる暴落の幅を拡大するだけでしょう。
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