「現金使途」とは現金の使い道のことです。つまり、営業活動を続けるかぎりほぼ自動的に出ていく原材料費、賃金給与、商標や特許権の使用料などをのぞいた、比較的裁量余地の大きな出費項目のことです。
通常の企業会計の考え方では、設備投資・研究開発・合併買収の3項目は成長投資で、配当と自社株買いは株主還元ということになっています。この分類で言えば、2017年の予測もふくめてS&P500採用銘柄全体としては、まだ成長投資のほうが株主還元より多い状態を維持することになっているようです。
しかし、合併買収、つまり他企業全体あるいはその特定部門を買い取ることは、本当に成長のための投資なのでしょうか?国民経済全体として、合併や買収で企業価値の総額が増加することはありません。所有権が移転するだけです。
当事者には分からない収益向上機会を、第3者として見ている企業がつかみ取って実際に企業価値を高めることができるという金融機関のセールストークをそのまま受け売りしている経済学者がいたりして、最近は呆れてしまうことが多いです。
投資銀行の合併買収部門の実務担当者は、一様に「ある企業が買収対象だといううわさが出た直後から、その企業の株価は2~3割上がる。だから、買収する側は即座に買収した企業の収益を2~3割上昇させる具体案がなければ、しないほうが得策だ」と言っているようです。
誰が見ていても分かる2~3割の収益向上策を思いつかないとか、思いついても実施できない経営陣ということになれば、そうとう頑固だったり、視野が狭いケースだけでしょう。つまり、合併買収が成功するのは、非常に珍しい事例だということになるのです。
それでも、大型合併が頻発しているのは、金融業界の力があまりにも強く、また企業経営陣の視野が短期的になり過ぎているという、アメリカ企業社会に染みついた特徴が影響していることがわかります。金融機関は売り手側も買い手側も取引総額に応じた手数料収入と、セールストークに使える実績を確保するので、買い手側の代理人としても値切る動機がほとんどありません。
買い手側の経営陣も、バランスシートに残る買収で獲得した資産の償却は長期にわたって出ていくのに、買収した部門の収益は即座に損益計算書に反映されるので、短期的な業績向上策として、むしろ買収費用の大規模化を歓迎します。
重要なのは、これが堅実な成長策を重視していた古き良き時代からの腐敗堕落ではなく、設備投資や研究開発の多寡があまり企業成長にとって重要な推進力ではなくなり、サービス業全盛の時代にとっては合理的な変化だということです。そして、他企業の全部あるいは一部の買収は、自社株にそんな価格を設定したら不当な利益供与と言われそうな高値での、買収される側の株主への利益還元なのです。
そういう観点から成長投資と株主還元の比率をくくり直してみると、アメリカの株式市場は、2003年までは伝統的な成長重視でしたが、2004年からはサービス業全盛時代の「ニューノーマル」としての還元重視に完全に変わっています。
これが不可逆的な変化であることは、成長投資が2003年の大底での5000億ドル弱から、2017年予想の約8000億ドルまで14年をかけて6割程度しか増えていないのに、株主還元のほうは2002年の約3000億ドルという大底から2017年予想の約1兆3000億ドルへと15年間で4倍超の伸びを示すというすさまじい成長率格差に表れています。
さて、アメリカの株式市場はどうなるのでしょうか?最悪の場合、有力産業の大手企業が軒並み自社株買いや合併買収で見かけ上の高株価を保ちながら、いつの間にか設備装置や土地などの有形資産、特許・登録商標・営業権などの無形資産を全部叩き売ってようやく株主還元のために借りていた資金の元利返済がまかなえる状態になって、突如消えてなくなるでしょう。そうなったとしても、株式市場自体が消滅することはないでしょう。
ただ、「経済・政治・社会情勢を他人より深く分析できるから、確率だよりのギャンブルより効率よく稼げる」という見栄っ張りな人達ための、古典芸能や伝統行事として細々と生き延びる程度ではないでしょうか。
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