イギリスのEU離脱をめぐる国民投票の結果は52%が離脱、48%が残留を支持するという接戦でしたが、保守党のキャメロン党首は、首相辞任の意向を表明しました。なぜキャメロン首相は国民投票の結果を尊重し、政権を明け渡すことにしたのでしょうか。おそらく、EU離脱問題がイギリス国内で政争の焦点となり始めた頃には、国民投票にかければ残留派が圧勝すると確信していて、その結果を自分に対する信任の証拠と主張することによって脆弱な政権の足場を固めようとしていたのでしょう。
徐々に明らかになってきた地域別の投票結果を見ても、ロンドンとその近郊、エジンバラ、グラスゴーといった金融業依存度の高い都市では圧倒的に残留派が強かったようです。そして、パナマ文書問題が話題となっていたころ、キャメロン首相は「タックスヘイブンであるパナマにダミー会社を設立して税金逃れをしたのは、父親の代からやっていたし、事業主ならだれでもやることだ。私が大げさに書き立てられたのは、たまたまイギリスの首相だったからだろう」とぬけぬけと言っていました。
キャメロンのような人間なら、普段の付き合いも金融業界をはじめとする高額所得者に限定され、普通のイギリス国民がどれほどEU官僚によるイギリス国内問題について腹立たしく感じていたかなど、想像もできなかったのでしょう。
今回、大方の世論調査結果が開票直前まで残留優位に傾いていたのも、今や完全に金融業界などの利権集団に飼いならされている大手メディアや数社の世論調査会社のサンプル抽出法までもが、現体制擁護に傾斜していたことを示唆しています。しかし、実際にイギリス国民はEU離脱を選択しました。
それでは、このイギリスのEU離脱で、世界はどう変わるのでしょうか。離脱の票を投じた人々の大部分は「EUを離脱したら、すぐにもすばらしい新世界が開ける」などという幻想は抱いていないでしょうが、このまま時の流れに身を任せていれば、どんどん金持ちはますます金持ちになり、貧乏人はますます苦しくなります。EUを離脱することによって、その境遇を脱却するきっかけがつかめるかもしれない程度の期待しか持っていなかったでしょう。
しかし、国民投票翌日の世界の金融市場は、その期待がまったくの高望みではなかったことを示唆しています。6月24日には、日次では史上最大の1279億ドル(約13兆円)の評価損益が出ました。もちろん、金持ちが少し資産を失えば、自動的に貧乏人が豊かになるわけではありません。しかし、もともと乏しい貧乏人全体の取り分がさらに圧縮される中で、少しでも多くの稼ぎを貧乏人同士が奪い合うというこれまでの状態を抜け出す展望は開けてきます。
イギリスのEU離脱で、ロンドンが国際金融市場に占める地位は揺らぐでしょうか。EU離脱論争の全過程を通じて、残留派からEU離脱のコストについてさまざまな恐怖をあおるキャンペーンが行われていましたが、しっかりしたデータにもとづく主張は、金融業界の利害に関するものが圧倒的に多かったようです。この事実自体が、残留派による議論の多くは現体制維持に多くの利益を見出していた利権集団の立場を色濃く反映したものだったことを示唆しています。
ロンドンの金融センターとしての重要性は、アメリカ英語しか話せないアメリカ人とヨーロッパ諸言語との通訳をできる人間の集積地として、ロンドンに勝る都市はないことにあります。言語能力の低さではアメリカ人と日本人が世界の双璧ですが、日本人はそれを自分の弱点としてなんとか克服したいと思っていることはわかります。
一方、一般的なアメリカ人は世界中でアメリカ英語が通じないことのほうが不都合だと考えていて、まったく自分の努力によって改善しようとしません。だから、アメリカ英語とヨーロッパ諸言語の通訳センターとしてのロンドンの重要性は、アメリカが世界覇権を他国に譲らないかぎり、あまり低下しないでしょう。
しかし、イギリスのEU離脱の余波が思わぬところに広がっているようなのです。離脱が完了すれば、英語がEUの公用語から外れる可能性があり、欧州委員会はすでに、記者会見などで英語の使用を減らしつつあるようです。今後、EUの2大国が使用するフランス語とドイツ語の重要性が高まりそうです。
EUの規則では原則、加盟国が通知した第1言語のみが公用語として採用されます。英語を通知しているのはイギリスのみです。アイルランドやマルタでも英語が広く通用しますが、両国は古来の自国語を通知しているようです。イギリスがいなくなれば、EU内では自動的に英語が消滅するというわけです。
フランス語やドイツ語に接する機会の少ない加盟国もあり、英語は公用語に準じて使用できる作業言語として引き続き使用される見込みですが、英語を受け付けないフランスのフランス語至上主義者の間では、EUから英語を排除する動きが加速しているようです。
ヨーロッパでは英語とフランス語が一般的な言語として使われています。ただし、フランス語やドイツ語は習得するのが難しいので誰もが話すことができ、ダントツに利便性が高いのは英語です。今後、EUの会議や会見で英語が使えなくなると、コミュニケーションに困るケースが出てくるでしょう。
現在、EUの公式文書は全ての公用語(24カ国)で作成されています。英語が公用語から離脱となれば、そうした文書も英語で読めなくなるでしょう。困るのは英語をツールとして使っている全世界の人々です。日本のビジネスマンにも大きな影響が出るでしょう。大学では第2外国語を取りますが、モノにしている人はほとんどいません。英語でもアップアップしているところに二重負担になる可能性があります。企業はドイツ語やフランス語の翻訳家を雇わざるをえなくなります。そうなれば経費がかさみ、企業にとっては負担増になるだけです。
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