日本の政治では、完全に安倍一強とはなっていますが、野党として立憲民主党という政党があります。ご存知の通り、旧民主党の分裂が結果として自民党を勝たせる結果となったのがちょうど1年前の衆議院選挙であったわけです。
これまでの旧民主党というのは、リベラル派から保守派、そしてタカ派からハト派まで様々なポリシーを持つ政党であったわけですが、中にはほとんど自民党とポリシーに大差ない議員もいました。そのおかげで、どうしても党としてのイデオロギーがあやふやになってしまっていた雰囲気がありました。
立憲民主党の結成以来、Twitterを中心に良くも悪くもポリシーの近い方同士の情報ばかりを遠心分離して取り出してしまいがちなメディアなのですが、それを差し引いても立憲民主党に対する良識派の期待はかなり高いように思います。
枝野代表による、「まっとうな政治」というキーワードにも現れているように、リベラル派の人々による立憲民主党への期待の背景には「やっと諸手を挙げて応援できる政党ができた」ということがあるものと思われます。
そのような状況の中、立憲民主党と枝野代表に対するリベラル派層の反応を見ていると、プロレスの歴史を思い出さずにはいられません。誰も言及しないようですのでにわかプロレスファンである私が書いてみることにします。
これを読んでる方でプロレス史に詳しくない方がおられると思いますが、最近私はある元プロレスラーの方と個人的に親しくなり、1990年代に一世を風靡したプロレス団体のUWFと前田日明氏のことを調べました。
当時、UWF結成当時のプロレス界というのは、アントニオ猪木氏(新日本プロレス)と故ジャイアント馬場氏(全日本プロレス)という、同質であるようで決定的に相容れない2人による二極が拮抗した状態が長らく続いていました。
そこから新日本プロレスの一部から分離したUWFという団体が誕生したわけです。このUWFという団体はそれまでのプロレスとは異なり、現在のRizinやK-1のような総合格闘技に近いスタイルを標榜し、一大ムーブメントを起こしました。当初、この団体を率いていたのが前田日明氏、そして高田延彦氏であったわけです。
当時、私はアメリカに住んでおり、プロレスのことなど何も知らなかったわけですが、日本社会をよく観察してみると、保守的な新日本プロレス派(自民党支持者・50代以上に多い)とリベラル派(立憲民主党支持者・40代以下に多い)ことがわかるはずです。
UWFが設立された当時、「ようやく大人の見れるプロレスができたと狂喜乱舞した」プロレスファンが多数いたそうですが、現在の立憲民主党に対して寄せられている期待には、どうやらこの時と同じようなエネルギーを感じるということです。つまり、「ようやく諸手を挙げて応援できるまともな政党ができた」ということです。
プロレス団体としてのUWFは、その後様々な困難に直面し、内輪モメや離散を繰り返すことになりますが、UWFがあったおかげで今日の日本の総合格闘技があると言っても過言ではないほど、絶大な影響を後世に残したと言われています。
一方、ショーとしての演出が強い新日本プロレスが好きな、いわゆる保守的な日本人の特徴としては、過去に固執し、「今だけ、カネだけ、自分(たち)だけ」という印象が見え隠れしてます。決して未来を見ようとしない傾向もあるように思います。
立憲民主党が今後の選挙でどのような結果となるかはわかりませんが、この先に繋がる何かの始まりとなってくれることを期待します。同時に、「今後も同じように食べていける」と考えている保守的な日本人がどのような状況に陥っていくのかにも注視するべきです。
枝野代表がテレビに登場する時には、前田日明選手のテーマであった「キャプチュード」という歌を流してほしいというファンの願いがあることも書いておきます。
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