衰退しかけた自国の製造業を立て直すには、関税を引き下げてしまわず、自国の製造業に有利な形で関税にメリハリをつけるのが普通ですが、そのような考え方は保護主義を認めることになり許されないことになっています。しかし、そのような普通などないのがトランプ大統領だということではないでしょうか。
今回のトランプ大統領による政策とは、要するに上海原油先物取引所の開設と高関税による貿易戦争との関係だと考えられます。
中国とアメリカの貿易戦争が報道から見るとエスカレートしていますが、トランプ政権が中国製の鉄鋼とアルミニウムに25%の高関税の適用を発表すると、中国政府はすぐに豚肉やワインを中心にアメリカから輸入される128品目に対して最大25%の関税を導入しました。中国は、自国の利益を守り、アメリカの追加関税による損失を埋めるための措置だとしています。
するとアメリカ連邦政府は、知的財産権侵害を理由に通商法301条に基づき高関税を課す中国製品のリスト案を公表しました。消費者への影響を最小限にとどめようとしながらも、ハイテク分野を中心に約500億ドル(約5兆3000億円)相当の製品が対象にされました。
公表された知財制裁関税の対象リストには、中国が中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025)と名付けた戦略の下で支援する先端分野の製品が含まれています。
このように、トランプ大統領によるアルミニウムと鉄鋼への高関税の適用が発表になってから、まずは中国とアメリカの間で懸念されていた高関税の報復の連鎖が始まる気配が濃厚になっています。
アメリカの高関税適用の動機は、後を立たない中国による知的財産権の侵害であって、この状況にしびれを切らしたアメリカが、高関税の導入に踏み切ったことが理由の一つになっていることは間違いないと思います。
しかし、これは重要な理由ではなく、もし中国の知的財産権侵害が高関税導入の理由だとするなら、知的財産権の分野で中国が大幅に妥協し、これまでとは違う強い姿勢で侵害を対処する方向が示された段階で、トランプ政権は高関税の導入を中止するはずです。
しかし、始まりつつある高関税の報復の連鎖を見ると、事態はそんなに単純なものではなく、軍事力ではアメリカよりもロシアが優勢になっていることから、国防産業の基盤強化のため、アメリカ国内の製造業を再構築しなければならないという安全保障上の認識があることは間違いないでしょう。
また、国防産業が海外の輸入製品に対する依存度が高いのは問題ということで。こうした懸念の払拭に必要な処置として、今回の高関税の導入が行われたのであれば、高関税の適用はアルミニウムや鉄鋼などの製品に限定されることはないでしょう。
半導体などのITを含む幅広い分野に拡大される可能性が高く、今回発表された中国のハイテク製品の高関税はこうした動きの一環ですが、アメリカによる高関税適用の背後には、これ以外に重要な背景が存在しています。それは、前回コラムにした中国による人民元決済の原油先物取引所の運営開始というわけです。
さて、第二次大戦後、アメリカは自由貿易体制を信奉し、全般的に輸入関税を引き下げてきました。アメリカが輸入する各種の品目のうち7割は無関税であり、残りの品目への関税も平均で5%以下と低いものとなっています。
これは1980年代からのアメリカの伝統であって、アメリカ連邦政府は、貿易紛争で報復関税をかけることがありましたが、それは時限的なもので恒久課税ではなかったというわけです。今回のトランプ大統領の新関税は恒久的な措置として発令されており、アメリカの自由貿易の伝統を壊す画期的なものとなっています。
新関税が発案された後、同盟国は対象から外す方針が付け加えられましたが、そのうち中国や日本を課税対象から外すかは米国側が恣意的に決めてよいことになっており、安心してアメリカと貿易できる状況でなくなってしまいました。
トランプ大統領の心変わり一つで、日本を筆頭に世界各国が貿易戦略を見直さねばならなくなるわけです。
トランプ大統領の新関税は、日本が主導してまとめたアメリカ抜きのTPP11が調印されるのとほぼ同時に署名・発令されていることがわかりました。まるでトランプ大統領が日本や中国にもうアメリカをあてにした貿易体制をやめるように述べていることから、非米化の方向に押しやっていると考えられるわけです。
アメリカの製造業は第二次大戦直後、圧倒的に強かったために世界中がアメリカ製品を欲しがり、アメリカは巨額の貿易黒字を出していました。しかしその後、アメリカ自身が日本やドイツなど製造業のライバルになりそうな諸国に技術供与や資金を気前よく出し続けた結果、日本やドイツはアメリカより優れた製造業の力をつけ、1970年代以降、アメリカは貿易赤字に転じました。
その後、アメリカの製造業、特に自動車産業は衰退し続けましたが、1970年代にも当時の大統領たちは自由貿易を信奉すると述べ、輸入品に対する関税を引き下げ続け、現在の超低水準にしています。
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